桜が咲いた。

ニュースによると、今週一週間がこのあたりの地域では花見のベストシーズンらしい。美しく花開いた桜並木の映像を見ながら、詩紋は携帯電話のメール送信ボタンを押す。するとそれと同じタイミングでメールが飛び込んできて、彼はそのメールの差出人と本文を見て小さくふき出した。

 

 

『今週末、お花見に行かない?』

 

 

先ほど自分が送ったものとほぼ同じ内容のメールに、詩紋は「もちろん」と呟いて返信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切なさを見逃して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間見事に晴れ続き、約束の当日ももちろん快晴。絶好の花見日和となった。

詩紋は改札を出てから辺りを見回し、先に来ていたあかねを見つけて手を振る。小さく手を振り返して笑った彼女に走りよって、その手に持たれたバスケットに目を留めて言った。

 

 

「おはよ、あかねちゃん。それ、もしかしてお弁当?」

「詩紋くん、おはよ! そうだよ、普段は使わないバスケットまで引っ張り出して、早起きして作ってきたの」

「楽しみ」

「ほんと?」

 

 

歩き出しながら微笑みあって、二人は自然に手をつなぐ。こういうことにあかねが照れなくなったのは、付き合いだして二年目に入った頃からだった。春の陽射しよりも暖かく感じるそれに頬を緩めていることを気取られないようにしながら、詩紋はあかねの他愛も無い話に相槌を打つ。時折起こるあかねの笑い声が、詩紋の耳に優しい。

そうやって歩いていくと、桜並木が見えてきた。遠くからでも桜色の雲が集まったかのように見えるその風景に、二人は一緒に溜め息をついた。

 

 

「きれいだね」

「うん! わ、すごい桜吹雪・・・・・・」

 

 

並木の入り口までくると、まるで雨のように降り注ぐ花弁に目を奪われる。景色が霞むほどのそれにあかねは目を丸くして、しばらく無言で眺めていた。

詩紋があかねを促すように手を引くと、あかねも小走りでついてくる。少なくは無い人を避けながら、とりあえずは並木が終わるまで通り抜けることになった。

 

 

「すごい人だね。もうちょっと早く来たほうが良かったかなぁ」

「うーん、たぶん一緒じゃないかな? 朝早くでないと、ああいう風に大きく場所は取れないだろうし」

 

 

桜の幹の根元に大きな青いビニールシートを広げて、ビールを片手に騒ぐ一団を見やる。多少騒がしくはあるけれども、彼らはとても楽しそうで、その騒がしさを咎める気にもならないほどだった。降りしきる桜の花弁は人混みさえ覆い隠し、傍にいる人しか気にならない。言い換えれば、隣にいる人しか目に入らなくなる。盲目的ともいえる状況に苦笑を零しつつ、詩紋は思った。

昼頃までゆっくりと歩いて、あかねが作ってきてくれた昼食を食べ終わったら、また折り返して並木を歩こう。ただ歩くだけだ。それ以外には何も無い。

そういう時間がとても幸せで、大切で、愛しい。繋いだ掌は暖かくて、合わせた視線は柔らかい笑みを含んで細められた。

 

 

「そっかぁ。でも、歩くだけでも楽しいね、きっと」

 

 

繋いだ手を大きく振ってあかねは楽しそうに笑う。その笑顔が愛しくてたまらなくなり唐突に好きだよと伝えれば、彼女は少しはにかみながら、私も、と微笑んでくれた。

人目を気にしながら掠めるように交わしたキスに、二人して頬を赤く染める。

 

ああ、なんて幸せ。

 

 

 

 

 

「それにしても、こんなに桜があると、ちょっと思い出しちゃうね」

 

 

唐突にあかねがそう切り出したので、詩紋は何のことかわからずにあかねを見る。するとあかねが「ほら、京のこと」と首を傾げ、少しだけ寂しそうに笑った。

そういえば、と詩紋は頭上の空を遮る桜の枝葉を見上げる。青色を覆い隠すかのように茂ったそれは、確かにあの頃自分たちが見上げた桜にも似ていた。桜に似ているも何も無いのかもしれないが、ただこの桜の多さは、京のあの季節を思い出させる。

桜の頃、詩紋とあかね、天真はあちらへ召喚された。正確には召喚されたのはあかねひとりだったが、巻き込まれた形になった詩紋と天真も、あちらへ行ってみれば八葉という役目があって。

こちらと違って車もない、電気もない、何から何まで別物の、平安に似た世界。そんな場所でも変わらなかったのは、京へといった日の朝、満開に咲いていた桜と、空の青さだけだった。滞在するうちにいつしか散ってしまったが、あの目も覚めるような美しさは忘れられない。

 

 

「きれい」

「・・・・・・うん。そうだね」

 

 

あかねの呟きに頷きながら、ほんの少しの寂しさと懐かしさを含んで、詩紋は桜を見上げた瞳を細めた。

握り合った掌の力が、お互い少しずつ強くなる。あの世界で育んだ気持ちが、今もなお花をつけて散らないのだ。愛した人は隣にいて、でも自分たちのこの世界と同じくらい愛した世界は、そこに無い。

懐かしい、愛しい世界。忘れ得ない美しい都。優しく記憶に残る、大好きだった人たち。

 

 

「・・・・・・あかねちゃん、井戸、行こうか」

「井戸?」

「うん。あの日の――――僕たちの、始まりの井戸」

 

 

きっとあそこの桜も満開だよと視線をよこさずに言った詩紋の手に、あかねが壊れ物に触るようにそっと手を重ねた。ゆるゆると、優しく力を込めていく。

桜から目を離してあかねを見ると、やっぱりほんの少しだけ寂しそうに笑った。

 

 

「・・・・・・じゃあ、お弁当、あそこで食べない? 今からじゃちょっと遅くなっちゃうけど、でも」

 

 

囁くような声音で、でも詩紋にだけは聴こえるように。

 

 

「私たちは幸せだよって、見せたいの」

 

 

二度と会えなくとも。二度と、あの愛しい世界を訪れることがなくとも。

詩紋は切なさを隠して笑った。あかねも笑みを返す。じゃあ決まりだねと明るく声を出して、二人は並木を折り返した。ゆっくりと桜を眺め、やはり他愛もない話に花を咲かす。

 

 

 

 

 

握り合った掌が、ほんの少し震えていたことには、お互い気づかないふりをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『遙かなる時空の中で1阿弥陀企画 〜永遠の桜吹雪を阿弥陀に・・・〜』様に提出したもの。お題は『現代での生活』。

よくよく考えると、遙かのEDはどれも完璧なハッピーエンドに見えるんですが、その裏には絶対に別れがあります。現代に帰るにしろ、京に残るにしろ。家族も友人も置いて愛する人と、というのが、遙かだと思うのです。もちろん目が眩むほどの幸せは手にしているけれど、大切な人たちに二度と会えないのはきついよなぁ、と。

・・・・・・若干お題から外れていないか不安なんですが(今更) そしてやっぱり詩あかかよ、という(笑)

出来には満足。