誕生日プレゼントは何がいい?

そう訊いたあかねに、詩紋は平然と答える。

 

 

「あかねちゃんがいいな」

 

 

くそぅ、天然め。

音を立てそうなほどの勢いで顔を赤くしたあかねが思ったのは、そんな言葉だったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Beatitude Day

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あかねは考えた。まさか馬鹿正直に自分をあげるわけにもいかないし(それ以前に詩紋はまだ中学生だ)、だがあの爽やかさからしておそらくものすごく、健全な意味で本音だし、と。年下だからといって子ども扱いする気はないが、こういう時にはどう対処したものか、まったくもって困りに困る。

いっそ意見を総無視で無難に既製品でまとめるか、それとも「私の努力だよ!」と誤魔化し半分でお菓子作りにでも挑戦するか。いや、それに関してはあかねが詩紋に敵うはずもなく、その選択は早々に除外される。詩紋はあの性格だからとても喜んでくれるだろうが、自分がいたたまれない。何せ、彼はお菓子作りを将来の職業にしようというのだから。

こうやって考えると、自分が出来ることは案外少ない。高校生になって色々ひとりで出来る気になっていたのだけれど、それもいっそ些細なことだ。そもそも、お菓子作りだって料理だって裁縫だって、詩紋に敵う女の子らしい特技など無い。詩紋が家庭科の授業で作った諸々の作品さえ見ていなければ、まだ何かに挑戦しようという気も起きたものを。

 

 

(・・・・・・完璧すぎる)

 

 

顔良し性格良し気立て良し。未だ見ぬ自分のライバルたちもさぞかし難儀していることだろうと、あかねは教室で頭を抱えた。

 

 

 

 

 

べこん、と結構な音を立てて、あかねはノートのようなもので頭をはたかれた。机に突っ伏していた顔を上げれば、天真が数冊の教科書を片手に自分を見下ろしている。今、それで殴ったのか。仮にも女であるこの自分の頭を。

恨みがましい視線で見上げれば、天真は何を思ったのか眉を寄せて渋面になる。

 

 

「変な顔だぞ、あかね」

「変って・・・・・・ひどいよー」

 

 

悩んでるの、と再び机に突っ伏すと、天真は教科書群であかねの頭をぱこぱこ軽めに叩きつつ、まぁ察しはつくけどなと溜め息をつく。彼も詩紋の誕生日には何か贈るつもりらしいが、その内容は知らない。なまじっか同性であるだけに、悩みはあかねよりも少ないことだろう。羨ましい、と上目遣いで見上げながら、参考までにあかねは天真に訊いてみた。

 

 

「天真くん、詩紋くんの誕生日、何あげるか決めた?」

「ん、ああ・・・・・・一応な」

「何あげるのっ?」

「あいつ、飾りっ気が無いからなー。男物のアクセサリーでもやろうかと」

 

 

アクセサリー、と繰り返し、あかねは天真が普段身につけているそれらを思い出す。趣味のいい革製品やシルバーアクセが多く、それを脳内で詩紋につけてみた。うん、似合う。あまりごつごつしたのは目立ちすぎていけないだろうが、天真ならちゃんと詩紋に合いそうなものを選ぶだろう。それにしても、男にアクセサリーを贈れる辺り、天真はやはりどこか普通の感覚とずれている気がする。いや、気取らないのだと言われればそれまでなのだが。

 

 

「そっかぁ・・・・・・もー、ほんとにどうしよう」

「何だ? また悩んでんのか、お前」

 

 

また、とは心外だ。去年はこんなに悩まなかったような気がする。

彼氏彼女という関係じゃなかっただけ気楽だったせいか、去年は割りとスムーズに決まったように思う。スムーズに、とはいってもやはり二日はかかったが、今年はすでに悩み始めて三日が過ぎた。今日で四日目なのだから、思考は進退窮まる大混線状態である。

 

 

「だって・・・・・・ストレートに何が欲しいかって訊いたら、詩紋くんてば「あかねちゃんがいいな」なんて言うんだよ! 他意はないんだと思うけど、その分悩みもするよ」

 

 

つまり、あの言葉以外に詩紋が何を欲しがっているのかはわからないのである。一緒に買い物に行ってもあかねにばかり付き合っても苦にならないらしいからと、リサーチを甘くしたのがまずかった。もっと詩紋の買い物にも積極的になって、何気なく会話に出る欲しいものなどをチェックすべきだったのだ。

机の上でまだ悩むあかねを余所に、天真は朝の通学路で見た詩紋の後姿を思い出す。あっのやろぉ、と、小さく悪態が漏れた。

 

 

「・・・・・・あかね」

「んー?」

「本気だと思うぞ」

「へ? 何が?」

「・・・・・・「あかねちゃんがいいな」」

「・・・・・・は?」

「お前が思うほど、詩紋の思考は子供じゃない」

 

 

まぁどんな結論が出たにせよ、おれには報告に来ないでくれ。頼むから。

そう言ってあかねの肩を励ますように叩いてからじゃあなと手を振って教室を出て行く天真を無言で見送り、あかねは今度は突っ伏すのではなく、べしゃりと机に崩れ落ちた。いや、待て待て、落ち着け私。そう言い聞かせながら、あかねは力なく笑う。

 

 

「・・・・・・まさかねぇ?」

 

 

だってまだ中学生よ、と呟く、あかねの声に力は無い。

 

 

 

 

 

今日は二月二十五日。ついにこの日が来たかと、あかねは待ち合わせ場所で良く晴れた空を見上げながら、感慨深く物思いに耽る。

お互いの誕生日にデートをするのは暗黙の了解のように決まっていて、二人で何の疑問も無く決めた待ち合わせ場所と時間だった。今となっては、あかねにとって食うか食われるかの結論が出るまでのリミットを表す。食うか食われるかというと限りなくハードだが、実際問題そうとしか言いようが無い。ただし、酷く色っぽい解釈を要するが。

自分の心臓の音は、今までに無く煩い。

結局、プレゼントは無難なものでまとまった。安くなく高くなく、中高生には無難な値段の腕時計。デザインはもちろん吟味に吟味を重ねて、青い瞳をした詩紋によく似合う色を選んだ。

さぁ、問題はここからだ。あかねの紙袋の持ち手を握る掌に力がこもる。

鬼が住むか蛇が住むか、いやそれでは意味合いが違う。この場合は、鬼が出るか仏が出るか、だ。ある意味どちらも間違ってはいないのだが、もうそんなことはどうだっていい。あかねは、待ち合わせの時間を待った。

 

 

「おはよう、あかねちゃん」

「お、おはよっ!」

 

 

程なくして到着した詩紋に挨拶を返すが、どこかそれがぎこちない。しかし詩紋はそれを気にした様子もなく、どこに行く? といつも通り可愛らしく笑った。普段と同じ反応だったことであかねにも余裕が出来、しばらくはいつものように二人で街中をぶらぶらした。その間も特に気を張ったりせず、身構えていただけに力が抜けるほどだった。穿ちすぎだったかと、自分と天真を心の中で叱る。

一日中遊び尽くし、最後の締めにと入った喫茶店。あかねは手にしていた紙袋ごと、詩紋にプレゼントを渡した。

 

 

「開けていい?」

「うん」

「・・・・・・わ、時計? きれい・・・・・・ターコイズ色だ。ありがとう、大事に使うね」

「喜んでもらえた?」

「うん。・・・・・・嬉しいよ、すっごく」

 

 

詩紋がそう言いながら笑う顔が少し紅潮している上に、本当に嬉しそうだったので、あかねはなんとなく照れてうつむいた。そこまで喜んでもらえると、選んだ身としては嬉しいばかりである。

時計ケースの包装紙をきれいにたたんでケースごと紙袋の中に戻し、詩紋は時計を左腕につけた。あかねの思った通り、瞳の色にも、詩紋が好んでよく着る服の色にもぴったり合う。自分の選択が間違っていなかったことに満足し、あかねは頬を緩めた。もともと詩紋は手がきれいだから、手元を強調する小物はとてもよく似合う。

紅茶のカップを揺らすきれいな左手に、あかねはしばし見惚れた。

そして言い換えれば――――油断していた。

 

 

「・・・・・・あかねちゃん」

「んー、なぁに?」

 

 

幸せな気分で返事をしてカフェオレに口をつけたとき、言葉の爆弾は投下された。

 

 

「二週間くらい前に言ったこと、覚えてる?」

「に・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・!? けほっ」

 

 

カフェオレでむせる。安心感にきれいさっぱり忘れていたから、一瞬何のことだかわからなかった。二週間前といえば、あかねが詩紋の誕生日プレゼントに悩み始めた時期だ。つまり、詩紋の発言であかねが悩まされ始めたあの日のあの言葉のことを言っているのは明白だった。

覚えていたのかという気持ちと、今から何を言われるのかというドキドキでいっぱいになる。控えめにむせながら、本当は今すぐその真意を問いただしたい。

 

 

「お・・・・・・覚えてる、よ」

 

 

やっと落ち着いて、あかねは涙目で答える。カフェオレが少し気管に入った。

紅茶のカップをかたりとソーサに戻し、詩紋は言う。

 

 

「あれね、本気だったんだよ」

「そ、そうだったの・・・・・・」

「うん。本気だったけど、あかねちゃんが困ることがわかってて言ったんだ。ごめんね」

 

 

天真の言っていたことは当たっていた。詩紋は、見かけほど子供でもなければ年齢ほど幼くも無い。そんなことはとっくに知っていはずだったが、まさか恋愛方面でそれが発揮されるとは思っていなかった。ごめんねと謝る詩紋に、あかねは心の中で謝罪する。

本気の気持ちを、受け取り損ねた。受け取ったところでそれと同等のものを返せたかどうかは怪しいにしても、冗談だと、他意はないと受け取ったことが悔やまれる。詩紋から与えられるものは、余すところ無く受け取りたいのに。

 

 

「僕、あかねちゃんのことが大好きだから。いつもいつも、すごく欲しい」

「・・・・・・照れるよ」

「うん、ごめん。でも、好きだよ」

 

 

好きだよ。

その言葉だけで、迷いは消える。あかねだって、詩紋が好きだ。

 

 

「えーっと・・・・・・今は、ダメだけど」

「え?」

 

 

あかねは少し腰を浮かせて、紅茶の味のする唇を掠め取った。ほんの一瞬、店内の誰も気付かない素早さで啄ばみ、すぐさま腰を下ろす。

呆然と身動きもしない詩紋を上目遣いで見上げつつ、二週間前よりも勢いよく耳まで赤くなる。それにつられたように、詩紋も耳までを一気に赤くしてうつむいた。お互いまともに顔を見ていられない状況で、傍から見ればおかしなカップルに映るに違いないと思う。

二人ともそれからしばらく顔を上げられず、うつむいたままで言葉を交わす。恥ずかしくて顔は見れないが、言葉だけで伝わるものもあった。視界の端に映るカップを持つ手は、やはりお互いもじもじと落ち着きが無い。

 

 

「・・・・・・ほんと、好きだなぁ」

 

 

ぽつりと詩紋が呟くので、あかねはそれに同意した。

 

 

 

 

 

貴方が、好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩紋誕生日記念です。おめでと!

途中まで灰色(弱腹黒の意)詩紋になりやしないかとハラハラしてたんですが、予想よりも真っ白に(笑) 結果オーライ!(いつも) ほんと、この子たち書きやすいわー・・・・・・