清らかな瞳を見るたび、攫ってしまいたいとさえ 思う のに
星に想う
異世界からきた少女は、自分など及びもつかぬほどの力を持っていた。剣術を磨き、戦いを覚え、その内に秘めたる力を光に変えて行使する。流れる身のこなしが、まるで天女のようだとさえ思えた。
彼女は酷く無垢で、恐ろしく清らかで、そして愚かしいほど、世界を知らない。だからこその清浄さだろうか。
彼女は、僕の隣にいることが当たり前になっていた。
「私の世界では、こんなにきれいな星空は滅多に見れないんですよ。夜でももっと明るいからかな」
そう言って星空を見上げる横顔は、薄い星明りに照らされて青白い。
もう誰もが眠ってしまっただろうこの時刻に、何故彼女はこんな所にいたのだろうか。毎日が慣れないことの連続で、きっと疲れているに違いないのに。
「眠れませんか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ・・・・・・弁慶さんこそ、こんなに遅くまで起きてるなんて」
「僕は源氏の軍師ですからね。次の戦に備えて、策を巡らせていたんですよ」
僕の言葉に曖昧に笑って、彼女は長い髪を指で耳にかけた。よく見れば肌寒い時期の、しかも夜中にも拘らず、白い単の上に薄紅色の唐衣を羽織っているだけだ。本当に風邪をひきかねないような薄着で、見ているこちらの方が寒い。
僕が黙ったまま彼女の肩に外套をかけると、彼女は驚いて弾かれたように顔をあげる。
「弁慶さんっ」
「そんなに薄着で、風邪をひいてしまったらどうするんですか?」
「大丈夫です。それに、これじゃ弁慶さんが寒いでしょう」
「いいえ。僕はこれでも頑丈にできているんです。君よりはね」
「でも」
なおも言い募ろうとする彼女に手を伸ばすと、彼女は驚いたように身を竦めた。頬に指先で軽く触れると、やはりその肌は冷たく、やや血色が悪いようにも見える。普段が健康そのものであるだけに、この薄明かりの中では驚くほど儚げだ。
不安げに見上げてくる彼女に笑顔を向けると、彼女はほっとしたように眉を下げた。
「ほら、こんなに冷たい。これでも大丈夫だとは言わせませんよ」
「・・・ごめんなさい」
「僕としては、『ありがとう』が聴きたいですね」
「・・・・・・ふふ、ありがとうございます」
僕の黒い外套にすっぽりとおさまって、彼女は小さく微笑む。その笑顔の、そして月明かりに浮かぶ肢体の瑠璃細工のような線の細さに、知らず背中に冷たいものが走った。
もうすぐ、この微笑みを壊してしまう。下手をすれば、殺してしまう――――瑠璃よりも、美しいのに。
僕の今までも、これからもが、守るための戦いだった。大切なものを守るための、大切だったものを取り返すための。そのために、今手の中にあるものすら切り捨てなければならない事実は、非道く胸を苛んだ。触れればきっと容易く手に入れられるだろうものたちを、自ら遠ざけねばならない。
しかし、僕はそうでなければならない。それが罪を負った僕の使命であり、意地だった。そう、ただの意地、なのだ。
そのための戦禍。そのための裏切り。
平家の残党でさえ守りたがる彼女に、これからの戦いはつらすぎる。ましてや僕はもうすぐ、源氏と九郎を――――彼女を、裏切ってしまうのだから。
彼女は僕を許さないだろうか。それとも、やはり優しく微笑むのだろうか。
どちらでもかまわないと思う。
許されたくはない。許されても、僕はきっと自分を許せない。それならばただ、誰かに罵ってもらえた方がいい。ただ、微笑まれれば、僕はきっと自分を殺せる。
幸せなど要らない。
しかしそう思ってはいても、時折は考える。つらいと、痛いと心が叫ぶ時、星を見上げて夢想する。
もし、全てを忘れ、全てを捨てて、彼女の手をとることが許されるのならば。
それを、彼女が受け入れてくれるのなら。
――――その瞬間に、滅びたってかまわない。
これから僕が為そうとしていることで彼女が傷ついて、そのことで彼女が僕を罵ろうとも、蔑もうとも、きっとこの想いは変わることはないだろう。彼女の存在は僕にとって光で、世界で、そしてもはや全てになろうとしている。
怖い人だ。こんなにも深く僕に入り込んで、胸の一番奥を揺さぶる。
「君は、もし僕が・・・・・・」
彼女が僕を振り仰いだのが視界の端を掠めたが、その先はどうしても言えず、呼気だけが闇に融けた。
僕が、君を愛していると伝えたならば。
君は僕を、終わらせてくれるかな。
かなり前に書いた、初弁慶ssに手を加えたものです。やっぱり明るい話にはならなかった・・・です(笑)
どう読んでも自己満足な出来なのですが、もったいないのでアップしちゃいます。貧乏性ですみません! でも、地朱雀メインと銘打っておきながら、このサイトには弁望が少なすぎる。・・・・・・待て、前のも確かこんな話(愕然)
次は幸せな話を書いてあげたいです・・・・・・いつだって目標は高いです、ええ・・・・・・!