涼風の吹く
彼の腰掛ける枝の下から声がかかると、彼はいかにも嫌そうな顔で声の主を見下ろした。口から出そうになる幾万の悪態を押し込めて、彼が簡潔に、しかし実に素直に述べた感想はこうである。
「・・・・・・げぇ」
「何ですかその反応は」
喧嘩を売っているのかと下で瞳を細めていたが、特に意識したわけでは無く自然と出たのだから仕方ない。明るい色の髪を揺らし、牛若はなおも溜め息をつく。むっとしたのか、随分な対応をとってくれる友人に対し、鬼若は樹の下から声を張り上げた。
「可愛くないですねぇ。あの頃の可愛い牛若はどこへ行ったんですか」
「・・・・・・お前と知り合ったのは、今年の春だったように思うが。今は夏だぞ」
「あぁ哀しい。いったいどうしてこう育ってしまったんでしょうね」
「聴いているか?」
呆れ半分、戯言に付き合う気半分。牛若は瞳を半眼にして、身軽に樹の枝から飛び降りる。風をはらんだ水干がばさばさと音を立てるが、牛若はそれによって起きた乱れも気にせず鬼若を見た。
本当に、猿のように身の軽い。さすが山育ち。―――― 密かにそう思った鬼若自身も、人のことは言えないほどの歳月を熊野の山々と海、比叡で過ごしてはいるのだが。
そんなことをおくびにも出さず、鬼若は背後に広がる京の景色を指差す。
「ちょっと降りませんか。五条辺りで大きな顔をしている者がいると、平太が言うんですよ」
「おれは縄張り争いには興味が無いんだが」
「縄張りだなんて、そんな大げさな。あの辺りで僕ら以外の者に暴れてもらうと、まるっきり僕たちのせいにされるんですよね。それも困るので、少し釘を刺しに行こうかと」
言葉が違うだけで、内容はそんなに違わない。要は、『人のシマででけぇ面してんじゃねぇ』と脅しにいくのだ。モノは言いようだとは思うが、そもそもそこに突っ込む気力さえ牛若は持ち合わせてはいない。
仕方がなく溜め息をついて、牛若は山を下り始める。
後ろから同じ速度で付いてくる鬼若を背中に感じながら、食えない友人となった彼のことを考えた。
五条で出逢った京の鬼は、噂通り苛烈で荒々しく、容赦のない剣筋をしていた。月を背負って髪をなびかせ立ち回る様は、まるで美しい絵巻のようでもあったのだが。
実際口を開けば荒々しさなど欠片も見えず、それどころか柔らかく笑って見せる。その剣筋から想像した体躯やら声やら、それどころか性格までまるで裏切られて、だが一晩剣を交えた後で笑いあうことが出来るほどには、いい気分だった。思えばおかしなものだ。あのような死闘を繰り広げた相手と、今となっては友人なのだから。
もしも出逢わなかったのなら、などと、月並みなことを考える。あの時自分があの場所を訪れなければ、彼は今でも平家一門を狙って刀を狩っていただろうか。別のどこかで出逢ったとしても、さっきのようにただ言葉を交わすだけでは、まさかそれとはわかるまい。
幼い頃から自分と同じに寺で育ち、だがこちらは没落しても御曹司、あちらはただの稚児である。受けた扱いは、如何なるものだったか。考えたいことでもなかったが、彼を見ていると思考せずにはいられない。
もしも、出逢わなかったら。
「・・・・・・有り得ないな」
「何です?」
いや、そう短く答えて、不思議そうに見返してくる鬼若に微笑んだ。
考えても仕方がない。もう出逢ってしまったし、この分ではまだまだ付き合いは続くだろう。容易に想像できる自分たちの関係性が、苦笑を誘うものではあったのだけれど。
「なぁ鬼若。おまえ、おれとつるんでいて楽しいか?」
「はぁ?」
「おれは楽しいぞ。とてもな」
「・・・・・・熱でもあります? 薬でも煎じてさしあげましょうか」
牛若がおかしい、そう言ってますます不可解そうに眉を寄せるその様が、やけにおかしかった。半分は本気の呆れ、半分は照れ隠しか。初めは読みきれなかった彼の感情は、実は存外わかりやすい。
ぶつぶつと何事かを漏らしながらも、小声で「まぁね」と呟く彼と、隣に並んで。
見下ろすのは、出会いの場所。
弁解しようがないな!どうしよう、BLだ・・・・・・!!(笑)
最近弁慶受けが旬なんです。許して!牛若が別人なのも許して!!むしろ趣旨がわからないのも許して・・・・・・!!(贖罪)
でも楽しかったです。うん。二人は悪友であり親友でありライバルであればいいのに。