例えばあの、赤い花

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春は、いろいろなものが目覚める時期だ。厳しい冬を越した京の人々のみならず、空の色も、風も、花も一様に騒ぎ出す。心がどこか浮き立つのは、美しい景色のせいに違いないと、彰紋は思う。

彰紋は冬も嫌いではなかったが、やはり春がいい。寒さに縮こまっていた全てが、久方ぶりに生きている喜びに身体を伸ばす季節なのだ。

それに冬を越すのは、京の民衆にとって実はとても難しいことなのだと、彼は知っている。貴族は当たり前のように冬を過ごすが、それが容易くない人間のほうが圧倒的に多いことくらい、彰紋は充分に承知していた。

だから、春はいい。誰もが命を削ることなく、明日を迎えられる。

土御門へ向かう足取りは軽く、幼さを残す頬には笑みが浮かんだ。

きっと彼女にも春は似合うと、愛しい気持ちを溢れさせながら。

 

 

 

 

 

「あ、彰紋くんだ!」

 

 

土御門の門に入った瞬間にそう呼ばれ、彰紋は足を止めた。庭の方から軽やかに駆けてくる彼女を見ただけで、また気分が少し高揚する。自然と緩むのを感じながら、彰紋は花梨に言った。

 

 

「おはようございます、花梨さん」

「おはよう! 今日はあったかいね」

 

 

嬉しそうに、そう言って笑う。どうやら浮かれているのは彼女も同じようで、彰紋は喜びを覚えるのと同時に苦笑した。感じるところが同じであるというのは嬉しく、彰紋を落ち着かなくさせる。花梨の前では見栄を張りたいだけに、浮かれた自分の姿はなるべく見せたくないのだ。

いつだって、彼女の最高の人でありたい。

なんて欲深なんだろうと、彰紋は思う。だがそれは花梨に出会って初めて覚えた感情なのであり、だからこそ誇るべきなのだと判っていた。

ふと、花梨が視線を横にそらす。彰紋の後ろあたりを眺め、次にぱっと表情を明るくして、彰紋の腕に両手で触れた。その箇所がふわりと暖かくなったような気がして、彰紋は途惑う。彼女には触れたいと思うけれど、実際に触れるとなるとかなりの勇気と気力がいる。誤魔化すようにあごを引いた時、花梨が彰紋を見上げて彼の背後を指差した。

 

 

「彰紋くん、見て」

「え?」

 

 

促されて、振り返る。

目に眩しい鮮やかさを放ち、赤い花が春の陽を受けていた。まだ開ききっていないのか、所々に幼い花を残してはいるものの、その色も大きさも、目を瞠るほどに立派である。思わず数瞬見惚れ、瞬きした。このままでは目を離すことができなくなりそうで、少し長めにまぶたを閉じる。

瞳を開き、彰紋の着物を握ったまま花に見入る花梨に言った。

 

 

「きれいですね」

「うん。昨日までは咲いてなかったのになぁ」

「春なんですよ」

「だね」

 

 

見事な石楠花だった。春と共に花を開き、初夏を限りに散っていく花。美しいと、素直に思う。

彼女に似ているな、とも。

 

 

花開く。魅了する。そして僕は、いつだって目を放せない。

 

 

ああ、本当に似ている。

彼女を野の花に喩えたのは、今は京にいない海賊だった。またいつ戻ってくるとも知れないが、彼に言ってみようか。

彼女は、野の花にも似ている。そう貴方は言ったけれど、僕にとっては全ての花そのものだ。

そう言ったら、彼はどんな顔をするだろう。そう告げたら、彼女はどんな言葉を返してくれるだろう。

想像もできなくて、少し笑えた。微笑んだ彰紋を、花梨が不思議そうに眺めている。その視線に笑顔を返して、彰紋は彼女の手を取った。触れるには、そう、かなりの勇気と気力が要ったけれど。

 

 

「今日は、少し遠出しませんか?」

「あ、うん、いいよ。どこ行くの?」

「行けるところまで」

「え」

「貴方と、歩いていたいだけです」

 

 

その言葉に少しだけ頬を赤くして笑う彼女が、愛しくてしょうがない。

彰紋は花梨の手を握りしめる。柔らかで小さな手が、当然のように握り返してくる。それをこんなにも、嬉しいとも、愛しいとも思う。

僕は少し、浮かれすぎかな。

そう呟いて、彰紋は再び石楠花へと視線をやった。門の外へと花梨が手を引くので、その花から視線を外して後を追う。視界の隅に消えてゆくその花は、鮮明に心に残った。

 

 

 

 

 

花のようだ。この気持ちも、彼女自身も。まだ開ききっていない、未発達さも。

それはそう 例えばあの、赤い花。

 

 

 

 

 

春の陽を受け光る、鮮やかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで翡翠と彰紋を絡ませたがるか私は(嗜好)

彰花を深く深く考えると切ない系や悲恋しか頭に浮かばなくて困ります。高すぎる地位もいいことばかりではないことを、彰紋を見ていると思い知る。

 

幸せを噛み締めて 僕らは今日を生きていく