01 おはよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯電話が、けたたましく着信音を奏でる。音楽自体は落ち着いたクラシックなのに、起き抜けに聴くと普段よりも音量が大きく感じることが不思議だ。

それにしても、まだ朝早いはずだ。携帯で目覚ましでもかけていただろうかと自問し、あかねは目を閉じたままで眉を寄せた。目覚まし時計を、携帯とは別にかけた覚えならあるけれど。

 

 

 

「・・・・・・うー・・・」

 

 

 

小さく唸り、あかねは携帯を手に取る。薄くではあるがやっと開いた目に映ったのは、着信を知らせる青いランプだ。

何だ、着信か。

あかねはほっと息をつき、携帯を握り締めたままもう一度まぶたを落とす。落とし際に壁掛け時計が目に入り ―――― 跳ね起きた。

 

 

 

ちょっと待って!? 今、なんか・・・!!

 

 

 

携帯は鳴り止まない。あかねは壁の時計を確認し、一瞬にして青ざめた。壁掛け時計は十時十分を指していて、いくら休日だからといってこれは寝すぎだと、あかねは焦る思考の片隅を借りて思う。見れば、目覚まし時計はきっちりと(おそらくは自分の手で)止められていた。

絶望的な気分になりながらも、あかねは携帯を握り締める。何はともあれ、着信。

開いた携帯の画面に映るのは、やはりあの人の名前。あかねはうまく動かない指を最大限速く動かし、通話ボタンを押した。

 

 

 

「もっ、もしもし!?」

『あ、あかねちゃん?』

 

 

 

ああ、もう。

泣きそう。

 

 

 

「詩紋君! ごめん、私待ち合わせ・・・!」

 

 

 

間に合わないどころでは無い。待ち合わせは十時に神社前だったはずだ。すでに約束の時間を十分すぎているのだし、今からではどう頑張ったって待ち合わせ場所にたどり着くのは十一時頃になるだろう。きっと文句も言わず、いつもの笑顔のまま怒りもせずに待っていてくれるであろう彼のことを考えると、申し訳なさで胸が潰れそうだった。

あかねは整理のつかない頭でそれだけを考えると、手近にあった櫛で髪をといた。ときながら、慌てて通話口に向かって話す。

 

 

 

「ごめんなさい! そっちに行けるの、十一時頃になると思うの! 私、今起きて・・・目覚まし止めちゃって」

『ああ、やっぱり』

「急ぐから!」

『大丈夫だよ、あかねちゃん』

「大丈夫じゃないよ! 詩紋君、すごく待たせちゃう」

『うん。でも僕も、待ち合わせ場所にいないし』

「え?」

「おはよう、あかねちゃん」

 

 

 

突然、携帯と背後の両方から声がして、あかねは驚きに身をすくませた。次の瞬間、弾かれたように振りかえる。

携帯を耳に当てたまま、色鮮やかな袖のないパーカーとジーンズ姿で、詩紋はそこに立っていた。いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべ、でも少し悪戯っぽく、首を傾げて携帯を耳から離す。

あかねは瞬間的にフリーズした頭で、とりあえず自分がパジャマ姿であることと起き抜けの顔であることをかろうじて思い出し、でもどうしていいのかわからずに床に座り込んだまま詩紋を見上げていた。あまりの驚きに、声も出ない。

 

 

 

「おばさんに入れてもらっちゃった」

 

 

 

ふふ、という笑い声で、あかねはやっと我に返った。口から出てくる言葉は本当に凡庸で、でもそうとしか訊きようがないこと。

 

 

 

「なん、で、ここにいるの・・・?」

「あかねちゃん、最近バイト忙しいみたいだったでしょ。昨日も夜遅くまで仕事してたみたいだし。だから、起きられるかなって思ってたんだよね。来て正解。

一応ここに来る前に、おばさんにあかねちゃんが起きてるかどうか確認してもらったんだけど」

 

 

 

ちら、とあかねの机の上に視線を走らせ、詩紋はあかねの目の前にしゃがみこんだ。高くにあった視線が降りてきて、まっすぐにあかねの瞳を覗き込める位置。最近では詩紋の背が伸びてしまって、滅多に合わなくなった、その高さ。

青い硝子玉のような瞳が、優しく細まった。

 

 

 

「大学の課題とかも、たくさんあるって。蘭さんから聞いたよ」

 

 

 

そう言って、詩紋はあかねの頭をそっと撫でる。

レポート用紙が散らばった机の上。確かに、昨日は遅くまでレポートを書いていた。テーマが簡単なように見えてややこしい言語学に関するもので、資料がなかなか集まらないために苦戦しているのだ。

遅刻の言い訳には、当然ならないけど。

でも、気遣ってくれたらしいことに、純粋な喜びを覚えた。そしてそれ以上に、胸の奥底から湧きあがってくる感情がある。

 

どうしよう。ねぇ、詩紋君?

私、貴方のことが好きで好きで。

 

もう、止まらないかもしれないわ。

 

 

 

「お疲れ様」

 

 

 

大好きな笑顔。

甘い声が、胸に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずるい。

龍神様、私の大切な人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謝らせても くれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女の子の部屋に勝手に上がりこむって、どうなの。そして上げちゃう母親もどうなの。(自分で書いたくせに)とりあえずあかね、詩紋を部屋から追い出して着替えたほうがいい(笑)

日常の些細なことで喜べたり、毎日改めて好きだと実感する、そんなバカップルであればいいと本気で思います。