04 待ち合わせの時間 遅刻の時間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最寄り駅から電車でしばらく行けば、映画館やデパート、ショップなどが立ち並ぶ街にたどり着く。詩紋はあかねと共に電車を降りて、腕時計へ目をやった。中途半端な時間に出てきたためにもうお昼時となってしまったが、先ほど朝食を取ったばかりのあかねはまだ食べる気は起こらないだろう。喫茶店に入るにも、時間が時間だけにどこも込み合っている。

今日のもともとの予定は午後から二人で映画を見に行くというものだったが、その映画にさえまだ時間が余っているのだ。自分はあかねと共にいられればどこへだって行ってもいいのだが、あかねはどこか見たいところがあるに違いない。何せ、年頃の女性なのだし。

そう結論を出して、詩紋は握っていたあかねの手を引き、視線を落としてあかねに話しかける。

 

 

「あかねちゃん、どこか行きたいところ、無い?」

「え、うーん・・・・・・そうだな。お買い物したい」

 

 

思いついた事柄に、ぱっと微笑む。よく友人たちが自分の彼女の買い物に付き合うのは面倒だと零しているけれど、詩紋はそんなことはないと思う。楽しそうな彼女の姿を見れるのに、何が面倒なものか。

詩紋はにこりと微笑むと、あかねの手を握りなおした。

休日であるために雑多になった街の中、一瞬でも離れてしまわぬように。

 

 

 

 

 

それは、本当に偶然だった。お互い予想だにしていなかったので、とっさに瞳を合わせたまま声が出なかったほどだ。

彼は詩紋を見つめ、そしてはっとしたように言った。

 

 

「詩紋!?」

「天真、先輩・・・・・・」

「あ、天真君だ! 久しぶりだねぇ」

 

 

あからさまに出会ったことに対する気まずさを表す二人の声に、そんなことは欠片と感じ取れなかったあかねの間延びした声が続いた。和やかな空気と微妙に重い空気が交じり合う、気まずい瞬間である。

しかし、久々に再会したのにずっと黙っているわけにもいかない。おずおずと、詩紋が口を開いた。

 

 

「天真せんぱ」

「お兄ちゃん!」

 

 

言葉をさえぎられ、詩紋が半眼になって口をつぐむ。完全にタイミングを外した形になって、その原因になった少女に恨めしげに視線を送った。

黒く長い髪は、出会った頃から少しも変わっていない。成長した分その髪も本人も艶やかさが増したようで、勝気な瞳は以前よりも光が増していた。蘭は、強気な口調で続ける。

 

 

「もー、早く来てったらぁ!」

「嫌だって! おれはここで待ってるから、一人で行ってこいよ」

「似合うかどうかぐらい見てくれたって・・・・・・あれ? あかねじゃないの。デート?」

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

 

はたと動きを止め、こちらを振り向く。今のままで気がついていなかったというのがとても彼女らしいが、その彼女の最後の言葉に、隣で実の兄が大ダメージを受けていることに気がついていない。いや、気がついていながら無視しているのか。

どちらなのか詩紋には判らなかったが、やっぱりなと詩紋は思う。

彼はやっぱり、まだあかねのことが好きなのか。

 

 

「いいわね、彼氏持ちは。私なんか休みにお兄ちゃんなんかと買い物よ」

「なんかって、お前がむりやり連れてきたんだろ!?」

「荷物ぐらい持ってよね! いいじゃない、お兄ちゃんだって彼女いないからヒマでしょ?」

「・・・・・・可愛くねぇ」

「何か言った?」

 

 

何でも、と頭を振る天真を睨み、蘭は二人のやり取りに苦笑するあかねへと視線を移した。ぽん、と拳を打つ。嫌な予感がした。

 

 

「そうだ! あかね、ちょっと一緒にそこの店入らない?」

「え?」

「いいから、ちょっとだけ! お兄ちゃんじゃ役に立たないの」

「おまえなぁ」

「事実でしょ!

じゃあ詩紋君、ちょっとあかね借りるわね。長くなるかもしれないから、一時間後に下のカフェで待ち合わせましょ。さっ、あかね、行くわよ!」

「え、えぇぇー?」

 

 

そう捲くし立てあかねの腕を掴んだまま、蘭はさっさと通路を曲がっていった。あかねが詩紋をちらちらと振り返るのもかまわずに、その姿はあっという間に視界から消える。

少しの間呆然としていたが、詩紋は慌てて後を追おうとする。あかねと共にいたいのは当然だが、勢いのある蘭に連れて行かれたあかねが少し心配になった。二人が親友だということは知っているが、それとこれとは別問題な気がする。

しかし、天真に肩をつかまれ、止められた。振り返ると天真が力なく首を横に振る。

 

 

「諦めろ。あいつらの行き先は」

 

 

それを聴いて、天真が行きたがらなかったこと、諦めざるを得ないその理由をいっぺんに理解した。

二人が向かったのは、ランジェリーショップだという。

 

 

 

 

 

男二人になって、何をするというわけでもない。女性みたいに買い物ではしゃげるわけでもないし、どこかで休もうにもやはり男二人で席を向かい合わせにするのには、お互い多少の抵抗がある。結果、フロアの端のベンチに缶ジュースを片手に腰掛けて時間を潰すことになった。

詩紋は自動販売機のボタンを押しながら、厄介なことになったなと溜め息をつく。

天真との間には、わだかまりが、ある。

京にいた頃、自分以外にも、あかねに惹かれている人間がいたことは知っていた。

あかねはいつだって優しかったし、可愛かったし、それも当然かと思う。こちらへ帰ってきてからは当然であるようなことも、あの世界の人たちにとっては新鮮なことだったに違いない。それだけに、当時まだ彼女よりも背が低く、お世辞にも頼りになるとは言えなかった自分を選んでくれたことが、信じられないくらい嬉しかった。

天真も、あかねが好きだったはずだ。口に出して確認したことは無かったが、ただでさえ聡い詩紋だから、とっくに気がついていた。

自分とあかねと天真、それに蘭と共にこちらへ帰ってきて、日常が始まってからも。

ずっとずっと、天真はあかねを好きだったに違いない。大学が離れて久しぶりに会っても、あかねと誰かの並んだ姿を見て衝撃を受けるくらいには。

後ろめたさは無いが、気まずさはある。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・あーあ」

 

 

不意に、天真がため息ともぼやきともつかない声を出した。隣を見ると、天真は後ろ手を着いて天井を見上げて笑っている。少なからず驚いて、詩紋は思わず眼を瞠った。

顔を詩紋へと向けて、天真は小さく肩をすくめて見せる。

 

 

「お前、でかくなったなぁ。おれより高くなったんじゃねぇ?」

「・・・・・・まだ、もう少し足りないよ」

 

 

そうかぁ、と詩紋と背丈を比べようと天真が手をかざす。まだ自分の方が低いということを改めて確認されるのも癪で、詩紋は少し身体を引いた。それに気付き、天真が上げていた手を下ろす。

ああ、また。

 

どうして、そんな目で僕を見るの。

 

 

「・・・・・・あかねと、うまくいってるみたいだな」

「う、ん・・・・・・まぁ」

「良かったよ。・・・ほんと、ほっとしたぜ」

 

 

ふ、と吐息を漏らして、彼は笑う。その態度がまだあかねを好きだと言っているのに、良かった、だなんて。

詩紋は思う。

いつか自分があかねと離れてしまった時、そしてまだ彼女を愛していたとして。

こんな風に、恋敵を前に幸いを願う言葉を伝えられるようになるのだろうか、と。

思案する詩紋の意識を引くように、天真は頬杖をついて詩紋を見上げた。

 

 

「お前、その様子じゃまだ気にしてるだろ」

「え?」

「おれのこと。まだあかねのこと引きずってるって、思ってんだろ? っていうか、知ってたんだな、おれが、その・・・・・・好きだったってこと」

「・・・・・・うん。違うの?」

「いや、違わないけどさ。違わないけど、違うんだ」

「えっと・・・・・・何?」

「違うんだよ」

 

 

不可解なことを言って天真がくつくつと肩で笑うので、詩紋は眉根を寄せて訊き返した。こんなに複雑なことを言う人だっただろうかと、過去の記憶を探る。

 

 

「まだ好きだけどな。でも驚けよ、おれはすごい」

「天真先輩、なんか変」

「まぁいいから聞けよ。・・・・・・幸せをな、願えるようになった」

 

 

お前とあいつの未来を、見たくなったんだよ。そう笑って、すごいだろと笑みを含んだ瞳で詩紋を見つめる。強がりでもなんでもないことは、その瞳を見ればわかった。

悔しくなる。

背はもうすぐ追いつくだろう。確かにまだ天真には及ばないが、自分はまだ成長期だ。現に計るたびに身長は伸びているし、追い越す日は遠くないと思う。

でも、決定的に敵わない。先程頭を掠めた思考が、詩紋に唇を噛み締めさせる。

おそらく、自分には無理だろう。誰かとあかねが隣り合って歩いている未来を、祝福できるとは――――願えるとは、思えない。そんなことを考えるだけで胸が焼けるようだし、実際に目にすれば、たぶん年甲斐もなく泣いてしまう。だから、自分はあかねから遠ざかる。

強い人だ。悔しさは彼に対する尊敬に変わり、詩紋はふっと息を吐き出す。

 

 

「・・・・・・僕、先輩が先輩でよかったな」

「は?」

「先輩のことも、好きだよ」

「うわ、やめろよ。気持ちわりぃ」

「うん。でも、本当に、良かったなぁ」

 

 

貴方が貴方で、本当に良かった。自分の言葉を噛み締めた。

僕も、先輩みたいになりたいよ。その言葉は喉の奥に押し込めて、詩紋は缶を片手に立ち上がる。見上げてくる天真に、柔らかな笑顔を向けた。

 

 

「もうすぐ、待ち合わせの時間じゃない? 待たせちゃ悪いし、もう行こうよ」

「え、おう、・・・そうだな」

「カフェってどこ?」

「あー、確か・・・・・・」

 

 

並んで歩く。

やはり、詩紋よりも天真のほうが少し背が高かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難産でした、この話・・・・・・。天真がわからない。(致命的) 身長差=追いつけない距離 でひとつ。

それにしても、都楼に比べて亀更新で申し訳ない・・・・・・都楼はとっくにこっちが出したお題をコンプリートしてるのに! お題にそって書くの好きだけど、アイディア出ないととことん進まないですね。

「遅刻の時間」って満たせてない気がしますが、この後カフェで蘭に「遅い!」と怒られます。待ち合わせ時間になってないのに(笑)