指先から、熱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何気なく僕の髪に触れ、貴方が言った言葉。きっと貴方は忘れてしまっているけれど、僕はいつまでだって覚えている。

あの言葉は、光に似ている。

 

 

――――詩紋君の髪って、きれい。太陽の色だよね。・・・・・・詩紋君みたい

 

 

そう僕を恒星にたとえた貴方は、光そのものだ。

貴方の触れた箇所が、熱い。

 

 

 

 

 

京は、初夏になろうとしていた。天気のいい日には汗ばむこともあり、詩紋は狩衣の胸元をつまんで空気を送る。自分たちがいた世界に比べればこの世界は寒いくらいなのだが、その分衣服に隙が無い。きっちりとしまった胸元に辟易しながら、それでも性格のために着崩すことも出来ず、掌で扇いで風を送るばかりである。

土御門の邸全体は風通しが非常にいいものの、それも風が無ければ意味がない。この陽気に無風状態は、予想以上に文明に頼って生きてきた身体にこたえた。

冷房がさほど好きなわけではない。だが、こうも容赦なく照り付けられると。

詩紋はだらりと部屋の中で横になり、日差しの差し込んでいない奥へと目を向ける。光に慣れた目が通常よりも闇を濃く見せて、まるでそこだけが切り取られたかのように部屋の外と隔絶されていた。

天井へと手を伸ばし、少し傾けて光にかざしてみる。透けた皮膚は中を流れる血の色で赤く、輪郭を曖昧にしてしまう。通常の日本人よりも白い肌は、それをいっそう際立たせた。

瞼にかかる金の髪に、指先で触れる。癖の付いた髪。他の誰とも違う髪。

指の間から逃げることはないけれど、コンプレックスだからと隠したところで隠れてくれるような、素直な髪じゃない。一本一本はとても丈夫で、でも手触りは柔らかかった。

ほぅ、と息をつく。髪に触れた自分の指に、過去の記憶が重なった。

自分の少し骨の浮き始めた手とは違い、淡い桜色の爪が可愛い、小さな手。触れると柔らかくて暖かく、しかも躊躇いもなく握り返してくれるということを、詩紋は知っている。

 

 

あの人があの指で触れながら、この色を好きだと言ったから。

 

 

だからこの髪は特別なのだ。コンプレックスではあっても、決してこの髪じゃなかったらよかったなどとは思わない。

目を閉じる。今瞼の裏に隠された瞳も、彼女はきれいだと言っていたっけ。

涙をためて怯え震えていた弱い瞳を、青空や海にたとえて、彼女は笑う。

きれいね。そう言われることが、気恥ずかしく嬉しかったことを、きっと彼女は知らないだろう。

風が出てきた。下ろしたままの御簾がふわりと揺れる音がする。頬を風が撫でて、詩紋は口元を緩めて息を吐いた。

目を閉じたからか、それとも涼しくなったからか、自然と意識は眠りへと沈む。

花が、薫った気がした。

 

 

 

 

 

さら。

衣擦れの音が、詩紋の意識を浮上させる。微かに鼻を掠める薫りは、詩紋がこの京に来て初めて好きだと思った菊花の香の薫りだった。これを身にまとう人を、詩紋は知っている。

 

 

「ん・・・・・・あ、かね・・・ちゃん・・・?」

「あ、起きちゃった?」

 

 

倦怠感に包まれながら、詩紋は薄く開いた瞼の上を、掌でさえぎった。斜めに差し込んでくる橙を帯びた光が、目に直接当たって酷く痛かったのだ。

それに気がついた彼女が、もそもそと移動して詩紋の上に影を作る。

やっと光に目が慣れた詩紋が瞳を開くと、夕暮れの光をさえぎり、逆光に微笑むあかねを見た。橙色に透けた細い髪が、詩紋を覗き込んで瞬くたびにさわさわと揺れる。きれいだと思った。

 

 

「よく眠ってたね。気持ちよさそうだった」

「・・・いつから見てたの?」

「んー、たぶん、一時間くらい? 空が青かったのに、もう夕暮れだもん」

「そんなに」

 

 

ふっと笑うと、あかねも笑い返す。心地よい応酬が続き、詩紋は身体を起こすのを惜しく思った。

こうやって寝転んでいれば、彼女の方から自分を覗き込んでくれる。それがこんなにも、満足感を伴う愛しさを連れてくるなんて。

あかねは水干の袖を翻して、橙色をした空を振り返った。自分から外れた視線を残念に思うのは、あまりに自分勝手に過ぎるだろう。

だがすぐにあかねは詩紋の方へ向き直り、言った。

 

 

「今日はね、ずっと詩紋君のことを考えてたよ」

「え?」

 

 

思わず、身体を起こす。気恥ずかしそうに瞳を伏せるあかねの頬が、夕暮れのせいではなくほんのりと赤い。

それにつられて、詩紋の頬も少し赤くなった。妙に意識してしまい、やりずらい。

手首に早鐘のように疼く脈を感じた。心臓が、音を立てて跳ね上がっている証拠。

 

 

「だってね、今日は晴れていたでしょう」

「うん」

「見上げると、いつも詩紋君の瞳の色が私を見下ろしてて、どこもかしこもきらきら光るの」

 

 

首を傾げ困ったように笑うので、詩紋は抱きしめたい衝動を抑えるのに必死になった。常日頃自分を理性で動くタイプだと自覚はしていたが、それが役に立ったと思ったのは初めてだ。

このままだと、きっと抱きしめる。

困らせると、思う。

自分はあかねが思うよりも子供ではないから、そして何よりも男だから。

抱きしめたら。

詩紋が必死で動きそうになる腕を抑えているのに、あかねはさらに言った。

 

 

「光るたびに詩紋君かと思って、振り返っちゃうんだ。・・・・・・逢いたいなぁって、思ったよ」

 

 

ああ、

詩紋はそう、息を吐く。

容易い。

理性を取り払うのは、実に。

 

 

「・・・・・・あかねちゃん」

「何?」

「・・・手、握っていい?」

 

 

ややあって、どうぞ、と差し出された手を、愛しげに握り、指で撫でる。緊張しているのか、少し熱っぽい気がした。

欲には制限がない。嘆息は一度では足りず、詩紋は長くあった沈黙の間に、何度も何度も息を吐き出す。

 

 

「あかねちゃん」

「・・・なぁに」

「抱きしめていい?」

「・・・・・・いいよ」

「うん・・・」

 

 

手を軽く引くと、あかねは自分から頭を詩紋の肩に預けた。

菊花の香が、ひときわ強く薫る。あかねの着物からというよりは、あかね本人から甘く薫っている気がして、詩紋は軽い眩暈に襲われた。頬に触れる髪はやはり細くさらさらとしていて、まるで繊細な絹のようだ。

華奢な背中に回した腕に、力をこめる。骨が軋むほどには強くなく、しかし腕からは逃れられないように。

ぽつり、あかねが口を動かした。

 

 

「好き」

 

 

息が詰まった。聴こえなかったふりをしようとして失敗し、詩紋は長々とため息をつく。肩に乗せられた頭に自分の頭をもたせかけるようにして、腕から力を少しだけ抜いた。

途惑ったように、あかねが詩紋を呼ぶ。

 

 

「し、詩紋君?」

「・・・ずるい」

 

 

え、と声を漏らしたあかねから身体を離して、詩紋はふわりと笑った。青空の色の瞳が溶け出すように、やけに美しく細められて。

手に触れる指先がやけに熱いと、お互いが思った。

 

 

「僕が言おうと思ってたんだよ。・・・先に言っちゃうのは、ずるいよ」

「・・・ごめん、なさい?」

「いいよ。大好きだから、いい」

「・・・・・・ふふ」

 

 

彼女が。

彼女が嬉しそうに、あまりにも嬉しそうに笑うので、愛しくてたまらず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し長めの、キスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朱雀阿弥陀に提出させていただいた作品です。

お題は『・・・ずるい』で、このお題を発案した人はきっと弁慶かヒノエを相手に、望美に言わせたかったんだろうなと思いつつ、『ならば予想を裏切ってやろうじゃないか!』とばかりに書き始め、結局詩紋に言わせましたすいません。(土下座)

詩紋に頬を赤らめてこんな可愛らしい台詞を言われたらと思うと、白凪は理性を抑える自信がありません(愛故に)食べたい。

でも攻めっぽい詩紋に言わせられたのは満足。ちょっと踏み外すと、詩紋ってBLくさくなるんです。あたしがそういう目で見てるから(乙女失格)だからあかねと一緒にいる詩紋を書くのは難しいけど楽しい・・・いろいろな意味でチャレンジっぽい(人生とか)

そろそろ彰紋も書きたいなぁ・・・・・・