アリスの病弱な恋人は、このところ、アリスが眠りに付くたびに夢の中に現れる。逢えること自体は嬉しいし、毎夜ごとに愛を囁かれるのも満更ではない気持ちなのだが、アリスはいささか不満だった。

“夢”とは、深い深い眠りについている時は、通常見ないものだ。そのせいだろうか。

 

眠った気が、正直しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体的なことを上げるならば、睡眠は充分取れているようである。日中眠くなることもないし、夜になれば寝るという習慣がついたせいか、暗くなってくると自然と眠くなるという点では、健康的極まりない。規則正しいかどうかは別として(何せこの世界の時間はでたらめだから)、問題は何も無い。そう、だから。

要は、本当に気分の問題である。

 

 

「と、いうわけで。ナイトメア、しばらく私の夢に出てこないか、頻度を下げてくれないかしら」

「アリス・・・・・・君って子は」

 

 

本当に私のことを愛しているのかいと半眼で呟かれたものの、心の内を見透かす彼なら、そんなことは百も承知だろう。だがあえて口に出し、アリスはにっこりと笑って見せた。

 

 

「愛してるわ、本当よ。会いたくないわけじゃないの。でもね、たまにはぐっすり眠りたいっていうか」

「私よりも睡眠が大事ということか?」

「違うったら。・・・・・・あー、違うといったら微妙に嘘なんだけど、でも良く考えてみてよ、睡眠欲って、人間の三大欲求のひとつなのよ。食欲、性欲、睡眠欲、どれかひとつでも欠けたら、人間としておかしいんだわ」

「この世界に残ってしばらくは、二人きりの世界で過ごせて夢のようだと言っていたじゃないか」

「言ってないわ、思っただけよ」

「同じだろう」

 

 

むっとしながら返してくるナイトメアに、同じくむっとしながら、断じて同じではないとアリスは思う。どうせ心を読まれてしまうのだから、口に出さずとも正確に伝わるだろう。

夢を見るということは、四六時中意識が覚醒しているということではないのか。人間は、三大欲求を満たさないままある程度いくと、あっけなく死んでしまう生き物である。この国の人間がどうかは知らないが(そもそもウサギや猫がいるのだし)、少なくともアリスは“まとも”な人間だ。とすれば、眠った気がしない以上、身体的な問題ではなく精神が死ぬ。たぶん。

まさか愛しい恋人は自分を殺す気なのかしら、と白々しく考えると、ナイトメアはぐうの音も出ない様子で黙り込んだ。

うつむいて考え込むナイトメアの表情を窺いながら、アリスは心の中でも表情でも儚い少女を演じてみる。それが効いたのかはわからないが、口を噤んでしばらく、ついに彼はアリスの主張に頷いた。

 

 

「・・・・・・わかったよ。しばらくは距離を置こう」

「やった! ありがとう、ナイトメア!」

 

 

どこか別れ話の前フリのような台詞を口にしながら、ナイトメアが長い溜め息をつく。

その溜め息が合図になったかのように、アリスはその日の夢から覚めた。

 

 

 

 

 

ナイトメアが夢に現れなくなってから、いくつかの夜を越えた。久々に夢も見ることもなく眠った夜は、実に爽快な目覚めをアリスに与えてくれる。体調も良好、機嫌もいい。

だが、アリスは夢の中にいた。何も無いなんだかもやもやとした空間に佇んで、えーだのうーだのと呻いてみる。素直になれない性格だが、この国に来て、多少は妥協できるようになった――――はず。何せ、身の回りは異常だらけだ。自分くらい素直にならないと、何を信じていいのか判らない。

 

 

「あ、う・・・・・・はぁ。・・・・・・ナイトメア、出てきて」

 

 

言い訳がましく口を開いたはいいものの、相手は取り繕いの通用しない夢魔だったと思い直してやめにした。数々の言い訳なんて、彼の前では紙屑に等しい。何せ、口にする端から看破されていってしまうのだから。

出てきて、と呟いた一瞬後。ナイトメアは、アリスの斜め上にふっと現れた。

 

 

「やぁ、アリス。よく眠れるようになったかい?」

「・・・・・・ええ、とっても」

 

 

そう答えると、ナイトメアはいつものようににこりと微笑む。変わった様子のないことにほっと息をつきながら、アリスはらしくなく指先をもじもじと捏ねた。よく眠れるようになったかと尋ねられて頷いたが、そもそも眠れないわけではなかった――――“眠った気がしなかった”だけの事で。

確かにナイトメアと逢わない日々が続いて、良く眠れたような気はする。だが、それ以上に問題のある事態に、アリスは気がついてしまった。

 

 

「あのね、その・・・・・・」

「ん? ――――ああ」

「・・・・・・ちょっと、今頭の中読んだわね」

「言いにくそうだったからね」

 

 

肩をすくめて見せるナイトメアの顔を睨みながら、アリスはふぅと息をつく。

 

 

「・・・・・・会いたかったわ」

「私もだよ、アリス」

 

 

安眠の代償は、ナイトメアそのもの。

アリスは、まさか自分がこんなにもナイトメアに依存しているなんて思いも寄らなかった。たったあれだけの時間を会わないでいただけで、どうしてこんなに恋しくなるのだろうか。

少し血色の悪い肌だとか、貧血のせいかひんやりとした掌、そっと囁いた直後に、ムードをぶち壊しにするような咳の嵐。酷いと血まで吐いて心配をかける。病院に行けと再三言ってもきかないし、その理由が薬は嫌い、注射は痛い、怖いと殊更嫌がり、子供よりも始末に負えない。弾丸が飛び交う世界の住人のくせに、臆病で引きこもりというのはどういうことだろう。その上、勝手に人の心まで覗く男だ。

こんなふうに思い返してみても、やっぱり駄目なところばかりしか思い浮かばないのに、どうして。

日中、酷く会いたくてたまらなかった。

アリスが頭の中で並べ立てたナイトメアの短所に苦笑しつつ、彼はふわりとアリスの目の前に下りたって、眼帯に隠れていない方の目を細める。

 

 

「アリス、人を好きになるというのは厄介なものだね」

「・・・・・・まったくだわ。私、何で貴方のことなんて好きなのかしら」

「なんて、とは酷い」

「さっきの考えも読んだでしょう。・・・・・・贔屓目に見たって、駄目なところだらけじゃない」

「そうかな。・・・そうだね、だから不思議だ」

 

 

低く優しく、どこかミステリアスに囁く声は、いつにも増して甘い。

私のどこが好きなんだ、と、アリスがこちらに残った時と同じ質問を重ねるので、全部よと答えてやった。

とびきり幸せそうに微笑んだ彼を、また好きだと思ってしまったアリスの思考は、彼に読まれてしまっただろうか。

 

 

 

 

 

「思うんだけど、眠った気がしないのは、ここで貴方と一晩中話しているからなんじゃないかしら」

「またその話・・・・・・諦めたんじゃなかったのか」

 

 

アリスの言葉に離れていた期間のことを思い出したのか、うんざり、といった表現が一番似合う表情で、ナイトメアは溜め息をつく。その横顔をじっと見つめて、アリスはにっこりと微笑んだ。

 

 

「ナイトメアとは一緒にいたいのよ。でも、あの爽快な目覚めも捨てがたいといえばそうなの」

「はぁ・・・・・・」

「だからね、こうすればいいんじゃないかと思って」

 

 

その言葉を最後に、隣に座っていたアリスが突然、視界の端から消えた。ナイトメアが驚いてアリスのいた方向を見やると、ころりと寝転がるアリスと目が合う。彼女は上目遣いでナイトメアを窺いながら、自分の隣をぽんぽんと掌で示した。

一瞬呆気にとられて固まったナイトメアに向かって、アリスは言う。

 

 

「眠った気がしないなら、眠ればいいんだわ。貴方と一緒に」

 

 

やっぱり私も人間だから、睡眠欲には勝てないし。そう呟いて、アリスはそっと目を閉じた。

まどろみに沈む直前に感じたのは、自分の隣に彼が寝転んだ気配と、小さく小さく、笑う声。

夢みたいな国の夢の中、今度は夢も見ずに寝られるのだろう。

 

 

 

 

 

愛しい人の気配を、近づいた肩に感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ど 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハートの国のアリスの企画サイト「Who is alice ?」様に投稿した作品です。お題はタイトルどおり、「睡眠欲には勝てません」。締め切り破りましたー・・・・・・もう自分が死ねばいいと思いまし、た・・・・・・!

ナイトメアは初書きだったりします。口調の難しい男・・・・・・でも愛しいです。唯一の心残りは、吐血させられなかったこと(あれ)

次回頑張ってみようと思います!

お題提供サイト様→[碧]http://heki.xxxxxxxx.jp/