その腕が支配する
「はは、あの男、さすが“騎士”だな。お姫様を守ることが板についていた」
「・・・・・・」
昼間の出来事を揶揄するようなC.C.の言葉に、ルルーシュは唇を噛む。学園祭の喧騒が嘘のように静まり返った敷地内は、夜の闇を飲み込むようにがらんどうだ。まだそこかしこに残る祭の名残をカーテンを閉めて視界から排除し、彼は椅子の背もたれをギィと鳴らした。
ルルーシュのベットに遠慮なく寝転がって、C.C.は腕をあげる。その動きに目を引かれたルルーシュに瞳を合わせて、皮肉っぽく口の端を吊り上げた。
「抱きしめてやろうか?」
「・・・・・・冗談じゃない」
「そうか。随分と寂しそうに見えたから、慰めが必要かと思ったが」
あはは、と声を上げて笑い、C.C.は腕をベットへと沈めた。ルルーシュの貸した、サイズの大きいシャツから細い手首が見える。ルルーシュはC.C.の声を耳障りだと思いながらも、その腕を押さえつけてやりたい衝動に駆られた。押さえつけて、縛り付けて、二度とこの部屋から出られないようにしてやりたい。そうすれば、この部屋を明け渡すという大前提の下に、この憎たらしい悪口雑言を聴かなくてもすむようになる。
「慰めなど必要ない」
「ああ、そうとも。おまえに必要なのは慰めではなく、明日を生き延びるための策略だ。わかっているよ、ルルーシュ」
C.C.が寝返りを打ち、試すようにルルーシュを見上げた。その小さく形のいい口が、「さぁどうする」と問いかける。
「ルルーシュ。おまえはどうしたい」
「・・・・・・何をだ」
「皇女のこと。行政特区のこと。黒の騎士団のこと。あの男のこと、さ。その全て」
全て、と口にすると同時に、左手を持ち上げてルルーシュへと伸ばす。細く白く頼りないその手を見下ろし、ルルーシュは躊躇いながらその手に触れた。触れてしまえば、次はその冷たさが心地よくなり、ゆっくりと手を重ね合わせる形になる。重ねた小さな掌が、微かに力を込めてルルーシュのそれを握りしめた。
どうしたい。
全てを委ねるその問いかけに、途惑う。
どうしたい、ではない。どうにかしなければいけない。どうにかして行政特区をぶち壊しにし、黒の騎士団の存続を。かつて愛した妹に、塗り替えようのない結末を。そして愛おしいナナリーに、今度こそ幸せになれる世界を。
どうしたい、ルルーシュ。
懐かしい景色が脳裏を掠めた。ひまわりの中を一緒に駆け抜けた、懐かしい親友――――スザクを、どうしたいんだ、おれは。
「――――ああ、そんな顔をするな」
「え?」
「泣きそうだ」
そう言われて初めて、ルルーシュは自分の手がC.C.の手を強く握っていることに気がついた。少し力を緩めると、白い手に赤く自分の指のあとがついている。
そっと手を離し、ベットサイドに膝をついてルルーシュはC.C.を見下ろした。先程よりもずっと近くなった少女の顔は、怜悧な印象を持っているのにどこか優しい。じっと自分を見つめるルルーシュに、C.C.はアーモンド形の大きな瞳を細めて、小さく笑って見せた。
この少女はいつもルルーシュに優しくはないのに、時折こうやって優しさを見せる。その優しさは不器用なものばかりで、だがそれが優しさだと理解するには充分すぎるものだった。
C.C.はもう一度ゆっくりと腕を広げ、口を開く。
「抱きしめてやろうか?」
「・・・・・・ああ」
そう答えると、C.C.の腕はルルーシュの首にまわった。ゆっくり引き寄せられてベットに身を傾けながら、ライトグリーンの髪が視界を覆ったのを最後に目を閉じる。身体を委ねれば、それは懐かしい人の感触だった。
ただ抱きしめられて、言葉もなく静寂に侵されていく。やがて首に回されるだけで動きもしなかったC.C.の手が、緩やかにルルーシュの髪を撫でた。さらさら、さらさらと、髪に指を絡ませては落としていくその仕種に、不本意ながら涙が零れる。涙の理由はわからなかったが、この腕に慰められていることだけは確かだと、ルルーシュは溜め息をついた。
C.C.はおそらくこの腕を解いた後も、シャツの生地を濡らす涙の跡には気付かないふりをする。
おまえの傍にいよう。
あの日その言葉と共に伸ばされた腕を、幾度もルルーシュに伸ばすのだ。涙にも哀しみにも、ひたすら知らないふりをしながら、ただひとつ孤独を癒すように、抱擁を繰り返す。
その細くか弱い、共犯者の腕で。
21話直後のお話ということで。今CルルCが熱い。『ギアスde阿弥陀』様に提出した作品です。
ルルーシュは上手く泣けない子なんじゃないかなと思います。痛みに耐えて立ち尽くして、最終的には前に進むことしか出来ない子。
だからせめて、誰かの腕の中でだけは。