彼はそう、その瞬間、確かに幸せだったのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神聖ブリタニア帝国が崩壊した。

第一皇女コーネリアは、エリア11で起きた大規模な内乱の平定中に黒の騎士団に敗北を記し、先頃死亡が確認された。第二皇子シュナイゼルは、同じくエリア11にてブリタニア帝国の瓦解をいち早く悟り自害、さらに先程、宮殿の中で息絶えている第一皇子が発見された。即効性の毒物による服毒自殺だった。

その他ブリタニア帝国の王家の血に連なる者たちも、それぞれ戦死、亡命、自決が確認されている。王家を再興し得る有力貴族はことごとく殲滅され、残ったのは黒の騎士団におもねり、武力を無くした一族のみ。彼らはアッシュフォードをトップに据え、キョウト六家に次ぐ恭順派となった。

 

皇帝は、たった今事切れた。

 

ゼロは、自らが手にかけた皇帝の身体を冷たく睥睨する。

手を離れた仮面が、血紋の広がった床に落ちた。微かな水音を立てて転がり、赤色に侵食されていなかった床に軌跡を描いていく。その芸術的な曲線に視線を落として、ゼロは小さく息をついた。

 

ああ――――やっと。

 

 

 

 

 

動くな、と、鋭い声でゼロの背を貫く。スザクはかちゃりと金属音を鳴らし、背中へ向けてまっすぐに銃口を突きつけた。スザクはゼロが佇む、かつて皇帝だった男の骸が横たわる玉座からは遠い入り口で銃を構えていたが、スザクならば寸分過たずにゼロの心臓を撃ち抜けるだろう。自信があった。確信もあった。

皇帝が殺害されたのならば、国どころではない。もはやスザクにゼロを捕らえる権限も理由も存在しなかったが、それでもかまわなかった。スザクは今、自らの憎悪で動いているのだ。

スザクは凛と声を張って、史上最悪のテロリストに低く命じる。

 

 

「銃を捨てて、ゆっくりとこちらを向け。・・・・・・終わりだ、ゼロ」

「終わり? ・・・・・・ああ、終わりだよ、枢木」

 

 

銃を向けたまま、スザクは違和感に眉をひそめた。低く良く通る声は確かにゼロのものだが、それよりも遙かに、その声はスザクの耳に馴染むものだ。

白い床に転がる彼の仮面。今素顔を曝しているはずの彼の、その後姿は誰かに似ていて。

ゆったりと、いっそ大仰な気もする優雅な動きで、ゼロはスザクを振り返る。ゼロの手には未だ銃が握られたままだったが、スザクは思わず銃口を下げて瞠目した。

かつりと、ゼロがスザクへと近づく。スザクもただ無意識に足を前へ運んだ。

かつり、かつり、かつり、かつり

気付けば大広間の中心で、二人は腕を伸ばせば届く位置にまで近づいていた。よく見知った顔に、一方は美しく微笑み、一方は信じられないという風に首を横に振る。スザクの喉から、押し殺したような声が出た。

 

 

「・・・・・・うそ、だろ・・・・・・」

「嘘じゃない。おれがゼロだよ、スザク」

 

 

お前が憎んで、殺そうとした男だ。

そう、どこかうっとりと呟いて、ルルーシュは銃を構える。

 

 

 

 

 

信じられなかった。そして、今更のように思い出す。

自分が、彼を殺そうとしていたこと。彼が、頻繁に学校を休んでいたこと。今まで、ゼロが何度も自分を助けてくれたこと。大切な人を、殺されたこと。

スザクは、これまでゼロの作戦によって命を落とした者を多く見てきた。自らが救助活動に当たったのだから、その数の多さなどは考えなくともわかることだ。スザクの中のモラルは確かにゼロを悪だと断じていたし、今もその考えは揺らぎもしない。

だが、目の前の彼は、違う。

スザクの憎む悪ではなく、世界が望んだ救世主(メシア)でもない。

 

ただひとりの、スザクの光。

 

スザクは、彼の細い首に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

胸の中心に据えられた銃身がいつ火を噴くかはわからなかったが、それでかまわないと思った。彼になら、殺されてもいい。

だがそんな思考とは関係なく、指先には力がこもっていく。細く白い、今にも折れてしまいそうな首。親指を交差させて気道を塞ぎ、力任せに締め上げた。

その手にある銃でスザクを撃てば逃れられるのに、引き金を引くどころか声さえ出さず、ゼロは――――ルルーシュは、白い肌をますます白くさせていく。文字通り紙のように真っ白になった顔は変わらず穏やかで、それがスザクの焦燥を掻き立てた。

スザクは、力を込めすぎて震えている腕に視線を落とし、思い出す。

ユーフェミアを殺したのは、彼だ。

この目で見た。今自分に突きつけられているこれと同じ銃で、呆気なく殺したのだ。この、男が。

愛していたわけでは無い。ただ、彼女は優しかった。スザクにどこまでも優しかったのだ。あんなに優しくされたのは本当に久しぶりで、癒されていくようで心地良かった。

利用した、というなら、おそらくそれが最も正しい。

スザクは世界に疲れていて、だが自分で死ねるほど強くはなかった。再会した幼なじみにも言えなかった傷を隠してくれる、世間を知らないお綺麗なお姫様。きっとスザクを綺麗なまま死なせてくれる、まさにスザクには好都合といえる存在が、突然一人のテロリストに奪われてしまった――――

ふと、気付く。

ああ、憎しみの正体は、これか。

結局は、自分も我が身可愛いくだらない人間だったということだ。それから目をそむけるために、憎む相手が必要だった。

ただ、それだけ。

 

 

「・・・・・・っ」

 

 

ひゅっと、ルルーシュの喉が音をたてた。未だ緩まぬ指に締め上げられて潰れた喉で、言葉を紡ごうとしている。それに気付いて、スザクは指をわずかに緩めた。呼吸をするには足りないが、声を出すには事足りる程度のその力加減に、ルルーシュは淡く微笑む。

何故笑うのか、スザクには理解が出来なかった。今まさに、自分が殺されようとしているというのに。

血の気の無い唇が、そっと呟く。

 

 

「・・・・・・スザ・・・ク・・・・・・」

 

 

細く潰れた声が酷く憐れに聞こえて、スザクは手に込めた力を抜こうとした。憎しみと怒りに任せて首に手をかけたが、決して殺したいわけではないのだ。何故なら彼こそが、スザクがただひとり、命に代えても守りたいと願った人なのだから。

しかし力を抜こうとした指は、上から押し付ける力によって阻まれた。他の誰でもない、ルルーシュ自身の片手が、スザクの手を甲から丸ごと握りこむ。おそらくは有りったけの力を込めて、ルルーシュは自分の首をスザクと自分の手で絞めていた。

動揺する。何をしているのだ、彼は。

スザクが戸惑いの表情でルルーシュを見ると、また彼は、淡く美しく笑んで。

 

 

「・・・・・・やっ、と」

「ル、ル・・・・・・?」

「やっと・・・・・・死、ねる・・・・・・」

 

 

心底、嬉しそうに。

苦しさからか喜びからか、両目からほろほろと涙が零れた。それがルルーシュの頬を伝い、顎を伝い、首筋に食い込むスザクの手を濡らす。愕然と、スザクはその美しい光景を見ていた。

ルルーシュ。ルルーシュ、君は。

 

 

「死にたかった、の・・・・・・?」

 

 

至上の嬉しさを滲ませて、ルルーシュの瞳が肯定の証とばかりに優しく細まる。

ずるりと、ルルーシュの手から銃が滑り落ちていった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ルルーシュ」

 

 

ひた、と頬に触れる。暖かい。涙の乾いた頬で指を滑らすと、滑らかな産毛がスザクの指を優しくなぶった。

やっと、死ねる。

ルルーシュが呟いた言葉を反芻して、スザクは暗い瞳を横たわった肢体に向ける。底の無い闇が、翡翠の奥には広がっていた。

憎きゼロ。彼は悪で、この世界の癌で、倒すべき仇敵だった。

だが、彼は違う。ゼロではない。

綺麗なルルーシュ。彼は大切な幼なじみで、かけがえのない親友で、この世で最も愛した、人。

何故。

 

 

「ルルーシュ。起きて」

 

 

ひたり。また頬に触れる。

しかし先程感じたはずの温もりは何故か希薄で、肌は少し固い。閉じられた瞳を縁取る長い睫毛は、ぴくりとも動かなかった。この下に美しい宝石が眠っているのに、どうして目蓋は開くことなく閉じられたままなのか。

答えは、何よりもはっきりしている。

殺したからだ。この、汚れた手で。

理解はしていた。もう目を開かない、吐息を漏らすことも無い。声をかけても笑い返してくれることはないし、細い指で頬を撫でてくれもしない。華奢な身体は抱きしめてもだらりと力を失くしたままで、いっそう温度を低くしていく。

何故殺したのかと、自らに問う。

ゼロだからではない。憎んでいたからではない。愛していたからだ――――ただひたすら。

死にたかったのだと微笑んだ彼の顔があまりに幸せそうで、力を抜くことが出来なかった。ルルーシュの手を跳ね除けることなど容易かったのにそうしなかったのは、死にたいと思うその気持ちが理解できたからだった。スザクはずっと、死に場所を求めている。

犯罪者で死にたがりの自分が愛した彼もまた、死にたがりの犯罪者。二人の手は同様に、他者の血で汚れていた。

ルルーシュ。そう乗せて漏らす息が、小さくかすれる。

泣く権利は無い。だが、この哀しみは間違いなく、愛した人へ向けたものだった。

 

 

「ルルーシュ」

 

 

かき抱いて、まだ温もりの残る頬に自分の頬を寄せる。

哀しい、人間の匂いがした。

 

 

 

 

 

カレンは、遠くに銃声を聴いた。ゼロが見つからない。どこにいるのだと城の中を走り回っている時だった。

この最後の作戦が始まる前、ゼロはカレンに「探すな」と言った。作戦が終了したのなら、速やかにこの場を離れろと。「私には、私の逃走ルートがある」とゆっくりと言い聞かせるように言った彼に背いて、カレンは今ここにいる。

最後だ。皇帝はゼロが殺す。神聖ブリタニア帝国は、今日この日をもって崩壊するのだ。

新たな国が出来るだろう。今度は誰も虐げない、美しく素晴らしい国が。ゼロなら創れる、誰もが見た甘い夢は、彼の手で現実になる。あと少しだ。あと少しで、カレンがゼロの向こう側に見た景色は実現される。

なのに、それなのに、どうして。

 

 

「ゼロ! どこですか、ゼロ! 私を、置いていかないで・・・・・・ゼロぉ!!」

 

 

貴方は、全てを捨てて。

 

確信めいた予感に、カレンは悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広間に転がる骸は、三つ。

さらりと髪を揺らしながら、C.C.はそのうちのひとつを胸に抱く。愛しげに目を細めて、彼女は艶のある黒髪に頬を埋めた。この身体以外は、どうでもいい。自分の視界にも入らぬ場所に転がっているのであろう、二つの骸を思考からも閉め出す。温度を失くしてさえ価値のある者など、腕の中の彼以外に有り得なかった。

愛されていたことさえも知らずに、彼は死を選んだけれど。

 

 

「愚か者め。そんなところがどうしようもなく嫌いで、馬鹿みたいに愛しかったよ」

 

 

そう呟いてから、彼女は彼の薄く開いた唇にキスを落とす。

涙は、やはり出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレンは、広間に二つの骸を見つけた。そこに彼女の探していた男の影は無い。この城の中に生きている人間はもういないはずだから、だとすれば、彼はやはり生きているのだ。逃走ルートが他にもあると言っていた彼の言葉は、やはり正しかった!

彼女は声を上げて喜び、すぐさま城の外へ置いてきた愛機へと引き返した。早く戻らなければ、合流した彼に叱られてしまう。急がなくては。

全速力で駆け戻りながら、何故だろうか。

 

涙で視界がけぶるのは、喜びが理由でないような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから以後、世界からひとり、犯罪者であり救世主であった男が、姿を消した。

魔女に攫われたのだと誰かがぽつりと漏らした他は、彼の行方を知る者など、この世には失い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず初めに謝らせてください・・・・・・! 暗くてスミマセンでしたー!!(土下座)

鬱々としたものが書きたい時に書き始めたものですから、最後は、もう・・・・・・。

スザクは自害か、それともC.C.に殺されたのか、明確には決めていません。皆様の心にお任せします。さらに補足をするならば、魔女に攫われた、と口にしたのは、扇さんか玉城だと。

Ifの話ですが、苦情受け付けまーす・・・・・・(笑)