私は、あの子の空になりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥は空の嘘を知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はあまりにも、鳥籠の中の鳥に似ていた。広く無限に広がる空を飛ぶ喜びと手段を知りながら、それでも格子の中から空を眺めるしかない、哀れな鳥。しかしその籠の中でも歌声を止めることは無く、空に焦がれてさえずり続ける。

空を眺める瞳は、酷く美しい色を湛えて切なく伏せられるのだ。

生徒会室の窓際で空を仰ぐ横顔は、逆光で目を凝らさねば見えにくい。しかし普通の男子生徒よりも細い輪郭を持った彼を彼だと気がつかないわけは無く、ミレイは努めて明るく声を出しながら彼に歩み寄った。

 

 

「おっはよーう! あらぁ、ルルちゃん、ひとり? スザクくんは?」

「おはようございます、会長。スザクは・・・・・・仕事です」

 

 

自分を振り向いていつものようにあいさつを返すと、ルルーシュは親友の居所を苦笑しながら告げる。その瞳が空を見上げていたさっきと同様、僅かに翳っているのを見て、ミレイは奥歯を噛み締めた。そんな顔をさせるあの男が、ミレイはあまり好きではない。人として好ましい人物ではあると思うのだが、少しばかり、ルルーシュの中に存在する値が大きすぎる気がする。

嫉妬と言いたければ言うがいい。恋を、しているのだ。

ルルーシュの向かい側に腰掛けてノートパソコンを立ち上げると、彼はモニターを自分の方へ倒しながら中を覗き込んでくる。何をしているのかが気になったための何気ない行動だったが、ルルーシュは気を許している人間以外にはこんなことはしない。そのことを知っているから、ミレイは頬杖をついてルルーシュを眺めた。

 

 

「予算案? また組み直すつもりですか? 先週決定したでしょう」

「一部運動部から申請がきちゃったのよ。ちょっとばかり金額の大きいものが壊れた部が二、三あってねー」

「今期の予算でまかなえないんですか」

「見積もり出してもらって計算したけど無理ね。遠征費が足りなくなっちゃう」

 

 

ふぅん、と相槌を打ち、上からでは見にくかったのか、机を回ってミレイの隣に座る。画面を覗き込むために顔をミレイに寄せてくるので、綺麗な髪が頬を掠めてくすぐったかった。こういうところに無頓着なのが彼という人間だが、意識されていないのだと思うと面白くはない。少し腹が立ったので指をさらさらの黒髪に埋めてやると、ルルーシュは素早く身体を離して驚いた顔をした。

 

 

「会長?」

「ほんっとルルちゃんは髪きれいよねぇ。ちょっとジェラシー」

「何を馬鹿な・・・・・・真面目にやってくださいよ」

「やだ、ルルちゃんがそれ言うの!?」

 

 

サボり魔のクセに、と茶化すと、彼はとぼけて肩をすくめた。少しおどけたその仕種に笑みが込み上げ、ミレイはころころと笑う。

出会った頃に比べると、ルルーシュはよく笑うし、ふざけもする。あのお上品だった子供が、学外で貴族と賭け事なんかをするために、悪友と連れ立って学校を抜け出すのだ。その変化には目覚しいものがあり、それに、この学園と生徒会が深く影響していることは間違い無いと、ミレイは思っている。

しかし同時に、ルルーシュが不可侵の領域を頑なに守っているということも知っていた。暗い瞳で、冷たい眼差しで、ルルーシュは人を――――ミレイを拒む。

ああ、おかしい。アッシュフォード学園生徒会長は、いつでも明るくいなければならないのに。

少し大げさなくらいに笑いながら、目じりに浮かんだ涙を拭った。大丈夫、気付かれていはいないはずだ。

笑いを徐々に収めて、ミレイはパソコンに向きなおった。目の端に苦笑を浮かべながら自分を見るルルーシュが映っていたが、そちらへは視線をやらずにキーボードを叩く。目を見たら、泣いてしまいそうで。

かたかたとキーボードを打つ音だけが、静かな室内に満ちていく。やがて目の端にいたルルーシュが気にならなくなり、しばらくの作業がひと段落した頃だった。

ミレイは、髪に違和感を感じて動きを止める。

 

 

「・・・・・・ルルーシュ?」

 

 

長い指先で、ミレイの金糸をもてあそぶ。ルルーシュはくるくるとそれを指に絡め、眺めて、笑いもせず真面目に呟いた。

 

 

「髪なら、会長の方がきれいだと思いますけどね」

 

 

ルルーシュはそう言ってからくつりと小さく笑って、指先から離れた髪を視線で追う。ミレイの肩に元通り髪が落ちたのを見届けて、ルルーシュは席を立った。細い指が、ミレイの前を通過してキーボードを数個叩く。

 

 

「こうしたらいいんじゃないですか。ほら、この部は大きな大会ももう終わってるでしょう」

「え、あ、ああ・・・・・・そう、ね」

「部長にはおれが話を通しておきます。クラスが同じなので」

「・・・・・・そう。じゃあ、頼んだ」

「報告は明日。じゃ、おれはナナリーと約束があるので」

 

 

そう言い残して、ルルーシュはひらりと手を振った。その細い背中が自室の方へと完全に消えてから、ミレイはぽつりと呟く。

 

 

「知らないくせに」

 

 

ミレイは、軽く下唇を噛んだ。遅まきながら込み上げてきた熱が、ミレイの白い頬をかっと染め上げる。

知らないくせに。私が嘘をついてることなんて、欠片も気がついていないくせに。そうやってかき乱すだけかき乱して、また捕らえて放さない。そんなの狡い。

嘘をついている。空に焦がれる鳥に、一生隠さなければならない嘘を。

空になりたかった。鳥が焦がれてやまない、大きな空になりたかった。

でも、空になったところで変わりないのだ。鳥が身体を休めるのは、いつだって空を突き刺す樹で、いくら大きな翼を持っていたって、鳥は長く空にはとどまれない。

鳥は、空を憧憬の瞳で見る。憧れて、飛びたいと願うだろう。

だが、それだけだ。

空は鳥を愛していた。優しい羽根で自分を撫でていくくせに、絶対に自分のものにはならない気ままな鳥を、愛してしまったのだ。

だからミレイは、嘘をつく。笑顔の裏に心を残して、寂しいとは決して言わずに。

空に焦がれる鳥を愛した。もしかしたら、手に入らない鳥だから愛したのかもしれない。

空には守ることしか出来ない。せめて鳥が涙雨に濡れないように、雲を退けてしまおう。世界を照らす陽光を、惜しみなく鳥に注ごう。そう決めていた。

好きだとは言わない。

 

 

(だって)

 

 

彼は鳥だから。いつか自分から逃げていくことを、空は知っている。

だから優しい嘘をついて、空は想いを告げないことにした。

これまでも、おそらくは、これから先も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥は、空の嘘を知らないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルルミレが好きです。もうすごくすごく好きです。姉貴なミレイに翻弄されるルルーシュも素敵ですが、鈍感どころか違うところに恋してるルルーシュに片想いなミレイさん、とかでも萌えます。もう二人が絡んでれば何だっていいよというレベルです。

SEと小説の片想いミレイさんがドツボだったんです・・・・・・SE5のジャケットなんか半狂乱でした。私が。

タイトルは私が敬愛する詩人、谷川俊太郎さんの「空の嘘」という詩の中からいただきました。大好きです。